暗黒ホテル第05話「クレームを隠蔽」

2011年12月・・・
山には雪が降り、スキー客が増えて、宿泊客も増えてきました。

繁忙期の到来です。

これまでの準備期間で準備したものを実施する時が来ました。

全てのクレームを自分で請け負います

全ての接客を自分で行い、全てのクレームを自分で請け負います。

客が増えれば収益は増えますが、負担が増えます。

それでも自分に戻る利得は考えずに取り組みました。

休みもなく、無休

休みもなく、無休。

実際に2011年11月から2012年の2月まで休みはありませんでした。

・・・人は歳を重ねると物事の責任を環境のせいにはできなくなります。
それでも思います。

「休みがない」という環境は尋常ではなく異常なのです。

まともな倫理観が欠如された対応をせざる負えない場面がありました。

こんなことがありました。

ある日、郵便物を確認していました。

そこに一通の手紙がありました。

お客さん・・・・正確に言うとお客さんになる予定であった方からの手紙です。

曰く、
11月に宿泊しようとしたら、誰もいなくて、
人を呼んだら煙草吸いながら人が出てきて
「今担当者はいない」と言ってすっこんでいった。
こっちは子供つれてわざわざ遠くからきたのに
あんなのでは安心して泊まれない。ふざけないでほしい!
と書いてました。

翻訳すると、
自分が不在の時にお客さんが来ました。

チンピラ君がたばこを吸いながら出てきて、自分も従業員なのに
担当者はいない。と答えてすっこんでいたそうです。
子供連れのお客さんは不安を感じて宿泊を取りやめていたそうです。

・・・・

・・・・・・・

すごいです。
サービス業をしていて色んなクレームは受けてきましたが、これは初めてです。

あまりにショックで自分が子供の頃を思い出しました。

今は亡き父が旅行を計画し、母と一緒に旅行に行った時の話です。

父は働いて稼いだお金で、旅行を計画しました。

休みも会社に話して工面してです。

今思うと大変だったでしょう。

その時は特に問題なく旅行が終わりました。

しかし、旅行先で危険や不安を煽ることが起きていたら

間違いなく私達を守る行為を父はしていたでしょう・・・

そう、私はやってはならないことをしてしまったのです。

なんの罪もない家族連れの旅行を知らないところで、潰していました。

私も確かに、チンピラから11月に自分が諸々の費用を支払いに行ってる間に
お客さんからキャンセルがあって、お客さんが来たけど帰ったと聞いてはいました。

「キャンセル料取れる案件じゃないか・・・」と思っていましたが、
そういう事情だったのか・・・と知り、愕然としました。

キャンセル料自体を取れる案件どころか、色々と弁済しなくてはいけない案件です。


手紙は伏せてチンピラに聞きましたが「そういや、なんか怒ってた」と言ってました。


手が出そうになりました。
そして早々に全てが破綻している事を強く感じました。

さすがに手は出さずに、心を落ち着かせてから「客からクレームきていた」と話しました。

手紙は証拠になると思ったので、破かれた場合を考慮して見せませんでした。

自分もおかしくなっていました。

上役に一切期待していなかったので、報告しても、
業務というより時間がとられるだけになると思いました。

大問題なのに、現状を無駄なく進める事を優先していました。
これは合理性なのか消耗しているだけなのか、もう怒る気力もないのか。
自分でもわかりません。

ただチンピラもこちらが必要以上に怒りを示さなかったからか、
逆ギレしてきて「自分(俺)がいないから、そういうことがおきた」と言ってきました。


そもそも接客と言う部分ですら、用をなせてないならお前は要らないんだよ。
と思いつつ、しかし状況が状況である以上、運用を変えることにしました。


籠城・・・
自分が施設から一歩も出ない運用です。

必要物は全て通販で購入し、本社への月締め支払いの時のみ、調整します。
この段階で上役に報告・相談しても、結局何もしてくれないのでもう何も期待していませんでした。

極端ですが、もはやこれしか手がありません。

そもそも施設から出る暇もなくなりつつありました。

毎日17~20時間労働で、自分が自由に使える時間なんて1時間も満たないのです。

かろうじてある時間も動画聞き流しながら、請求書と経理の同時進行。
客からの予約電話も、客室からの電話も直接来るので、プライベートが一切ない環境。

しかし、それでも自己保身、自己愛以上に残った良識が、
クレームが来たお客さんに対しての罪悪感を感じていました。

お客さんの手紙に対して返信はできませんでしたが、
今後自分が接客業をすることは赦されない。
ということと、自分と一緒にチンピラも必ず葬ることを覚悟しました。

数年経った今でも後悔が残る出来事の一つです。

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