暗黒ホテル第01話「これまでで一番黒い仕事」

転職する事が多い私ですが、
これまでで一番ブラックだった仕事はというと、ホテルの支配人です。
ホテルを経営していた時が大変でした。

フロント接客、調理、客室清掃、経理、備品発注、請求・・・・
業務に関わる全てを一人でやっていました。

最長で61日連勤。休みなし。

体もボロボロで、心も擦り切れておかしくなりました。


・・・全てがおかしくなったのは2011年3月11日の震災です。

当時はホテル業に勤めており、システム面における販促と広報関連に従事していました。

しかし、震災以降、勤務地であった東北は客足が遠のきました。

集客に対してのアプローチが保守的になってしまいました。

当時26歳の自分にとってはこれからの事を考えると物足りなかったのです。

もっと客足がある所でシステムによる販促を行いたいと思いました。

そこで、震災の影響がない名古屋に拠点を構える所へ移動しました。

震災地から来たと言う事で、周りの方はとても優しくしてくれたのを覚えています。

けれど、そこからすぐ2ヶ月くらいで異動先が決まりました。

名古屋から長野への急な異動です。

以前から会社が長野のとある施設を買い取っているので
そこの支配人と、近隣施設の営業も兼ねて欲しいという事でした。

当時は若さも手伝って上昇志向も強かったのですが、さすがに急な話しすぎて迷いました。

指示をしたのは会社の社長ではなく、
ホテル買取専用部署の開設当初からいる専務の押しで一度見に行こうという事で、見学をしにいきました。

この時は気づいていませんでしたが、会社内における派閥争いにも巻き込まれていた。

後から聞いた話だと新規精鋭で多数派の社長と、
旧体制少数派の専務派で、争っており、私は専務派に組み込まれようとしていたらしいです。

 
そうとは知らず、長野へ専務と車で向かいました。

 

着いた先は小さな施設でした。

母子2人で運営しているようで出された食事はリーズナブルな価格帯故に
家庭的な飯がおいしく感じました。温泉もかけ流しで悪くはないホテルでした。

そこの母子2人に自分が出納帳やら集客の対応するかと思っていました。

しかし、2人から話を聞くと、2人は辞めて代わりに自分1人であるという事を
その場で聞きました。それでは自分が全部の業務をこなすただの雑用です。

・・・断ることにしました。

ただ、現地に来ていて後任がいない以上、自分がなる可能性が高いです。

一応、予防策として母子2人のどちらか残れないかお願いしました。

専務にもお願いしましたが、母子の母との関係が安い月給の為、破綻しているようでした。

「大丈夫。代わりの人今探しているから」と答えが返ってきました。

その代わりの人というのがとんでもない人でした・・・・

続きは・・・

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